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1960年 年間配給収入NO.1の日本映画は・・・

映画関連の調べ物をする中で「配給収入」の資料にぶつかった。

商業映画であれば、これがダメだとたとえ「良い作品」と言われようと、少なくともその時点では、プロデューサーや監督の立場は、苦しいものになる。

後年、何かのきっかけで「当時評価が低かったけど、実に名作であった」というハナシは良く聞くが、やはり作り手側は、その時点でも、多くの人に観てもらいたい、というのは、言うまでもないこと。

さて、そこでぶつかった資料を見ていると「見慣れた」映画タイトルがある。

1960年(昭和35年)日本映画 配給収入 第1位 「天下を取る」 3億2392万円

もちろんこれ、牛原陽一作品で代表作のひとつ。この年、最も観客を集め「儲けた」映画というわけだ。
7月公開でこの成績だから、もの凄い勢いだったのだろう。

映画の「指標」ではキネマ旬報のベスト10というものがあるが、この配給収入はまさに、ビジネスとしての成績ということになる。

そして興味があるのは、映画チケットはいくらぐらいだったか? ということ。

社団法人日本映画製作者連盟が、昭和30年(1955年)からの数字を公表している。

前売りや当日売りなど色々な価格があるので「平均」として公表しているが、この年のチケット代は「72円」。
そして気になる公開映画数。日本映画が547本(!)、洋画が216本と、もの凄い数の映画が上映されていたのだ。


さて、この1960年、外国映画部門では、第1位が「ベン・ハー」で、5億9025万円、第2位が「アラモ」で2億6754万円。飛ぶ鳥を落とす勢いの日活は、「先進国の映画」を相手に相当がんばっている。

そうなると、その他の映画にも興味が出てくる。

翌年1961年、日本映画配給収入のNO.1は「椿三十郎」(黒沢明監督)で、4億5010万円。
牛原陽一監督作はと言えば、「堂々たる人生」で第8位、2億8977万円。

同年の外国映画部門に「風と共に去りぬ」が第6位にランクされ、1億9326万円であることを見ると、まだまだ日本映画強し、である。ちなみに第1位の外国映画は「荒野の七人」で2億9640万円だ。

牛原陽一作品で、配給収入ベスト10に入っている作品は他に

1959年 配給収入第6位 「鉄火場の風」で2億4335万円。
これは監督デビュー作品だから、かなり幸先の良いスタートを切ったわけだ。

そして同年作「男なら夢を見ろ」は、 配給収入第9位にランクインし、2億647万円。

「娯楽=映画」という時代のひとつの記録である。

天下を取る




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プロフィール

牛原 陽彦(うしはら はるひこ)

Author:牛原 陽彦(うしはら はるひこ)
◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

父 牛原陽一(うしはら よういち、Youichi USHIHARA)監督が亡くなって33年、祖父 牛原虚彦(うしはら きよひこ、Kiyohiko USHIHARA)監督が亡くなって25年、多くの情報があふれる中、2人について正しく伝える媒体が少ないのが現状です。

私、牛原陽彦が、祖父、父より引き継いだ資料、書物、当時の新聞などをベースに、2人の仕事、活動を正しく記録すべく、当ブログを開きました。膨大な資料から、作品、活動を振り返ります

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