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石森史郎作 「肥後もっこす 映画監督・牛原虚彦抄」

牛原虚彦監督の生誕115年を記念して、脚本家 石森史郎先生が昨年より執筆されていた原稿がついに完成した。

タイトルは「肥後もっこす 映画監督・牛原虚彦抄」、400字詰め原稿用紙に換算すると370枚強、文字数15万文字以上という大作だ。

石森先生と私の出会いは、昨年秋、映画プロデューサー・芥川保志氏をたずねたことに端を発し、引き合わせていただいたのだ。おぼろげな記憶からネットで名前検索、電話連絡というシンプルな方法で芥川氏をおたずねし、初めてお会いしたのが、わずか半年ほど前のことだ
私の記憶の中にある芥川氏のお名前は、そのままイコール「牛原虚彦顕彰会」(1980年)であり、当時のテレビ番組「スター千一夜」だ。その後短期間に、さまざまなキーマンとなる人物をご紹介をいただき、当プロジェクトは「芥川パワー」によって、急速に前進しているといっても過言ではない。その一つが、今回の石森先生の原稿なのだ。

石森先生は、日本大学芸術学部映画学科にて牛原虚彦の生徒のお一人だった。その学生時代のお話は、原稿に詳細に描かれているので、ここでは書かないが、ご卒業後、日活そして松竹に籍をおかれ、その中で牛原陽一監督との出会いもあり、そして、2011年には私と.....というように牛原家が3世代にわたってお付き合いをさせていただくことになっている。不思議な縁で結ばれていると感じる。

現在、東京国立近代美術館フィルムセンターおよび早稲田大学演劇博物館のご協力を得て、1920年代から1950年代までの牛原虚彦関連の映画スチル写真、ロケスナップなどの写真資料の収集を行っている。



出版・映像企画の今後の進捗は、当ブログで、ご報告していくのでお楽しみに!


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プロフィール

牛原 陽彦(うしはら はるひこ)

Author:牛原 陽彦(うしはら はるひこ)
◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

父 牛原陽一(うしはら よういち、Youichi USHIHARA)監督が亡くなって33年、祖父 牛原虚彦(うしはら きよひこ、Kiyohiko USHIHARA)監督が亡くなって25年、多くの情報があふれる中、2人について正しく伝える媒体が少ないのが現状です。

私、牛原陽彦が、祖父、父より引き継いだ資料、書物、当時の新聞などをベースに、2人の仕事、活動を正しく記録すべく、当ブログを開きました。膨大な資料から、作品、活動を振り返ります

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