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私があえて阪東妻三郎丈と呼ぶ名優は......

阪東妻三郎丈

昭和十八年秋、私は菊池寛、本山萩舟料先生の原作から波多謙治、毛利喜久男の両氏が脚色した「剣風練兵館」、斎藤弥九郎道場で鍛えあげられる青年桂小五郎を中心とした映画に取りかかった。主演者は阪東妻三郎氏、助演者は月形龍之介、羅門光三郎、荒木忍、阿部九州男、南部章三の各氏で、まるで女気のない、珍しい作品であった。

そのころは、配役が決定すると、例えば、「寿役阪東妻三郎丈」とシナリオの表紙に書いて、主演俳優に届けるのが礼儀となっていた。

大映の製作部には斎藤覚爾さんという映画界三筆の一人に数えられる書家がいて、私などいつも斎藤さんに、その表紙の字を依頼したものである。斎藤さんは今、大映京都撮影所の首脳部のひとり、このごろでも大映作品はおろか、東映京都作品のメインタイトルにまで、斎藤さんの書に違いないとおもわれるものがある。もしそれが斎藤さんでなかったとしたら、その書家は斎藤さんに学んだ人に違いないと思われる。話が脇道にそれるようだが、日本の映画界一の書家を選ぶとすれば、それは伊藤大輔監督である。


「寿役」の字が、それほど大切にされたように、シナリオも、映画製作の大本(おおもと)として、常に敬意を持って取り扱われるのが当然のこととされていた。このごろでは、折るか、まるめてズボンの尻ポケットに突っこまなければ玄人ではないといった風の習慣があるようだが、どういうものであろうか。

私も、そのころ「寿役」と書かれたシナリオをもって主役の俳優を訪ねたことがしばしばある。妻三郎さんは当時太秦太子堂(広隆寺)のこんもり繁った森の中に和洋折衷の邸宅を構えていた。来意を告げると、玄関まで威儀をただした丈があらわれ、縁起棚のある座敷へ通される。


「よろしくお願いいたします」
と、私がシナリオを渡す。すると妻三郎丈は恭しくシナリオを神前に捧げ、敬虔な態度で柏手を打ち、礼拝。

「お引き受けしました」
という答えは、それからである。

ストーリー展開のはこび、劇構成の要点、登場人物の性格、扮装、衣装、小道具等の再確認は、それからの熱心な意見交換の上である。

撮影所の行き来に、私たちが太子堂の森をぬけるのは毎日のことである。その朝も、昼も、夜も、私はよく妻三郎邸前の小径に立ちどまったものである。妻三郎丈の、あの特徴ある台詞が、静かな森の樹々にこだまするように聞きとれるからである。それも、丈、自身のそれだけではなく、相手役の台詞までが、精と魂とをこめた名調子で聞こえてくるのである。ことに夜など、暗い森の一隅に立つ私の目に、西洋間のカアテン越しに、丈が歩きまわり、坐り、立ち上がり、そこにはもちろんいるはずもない相手役と対峙する姿が見えるのである。人様の家を秘かに覗き見することなど、むろんほめた話ではない。したがって私の垣間見も僅かな時間にすぎないが、毎日毎晩の鮮烈な印象をモンタアジュすると、おおむね以上のごとくなる。

私はそんな時、京都の宿舎の一室で多少の興奮さえ覚えながら、コンティニュイティを再検討、再確認して深夜に及んだことを忘れ得ない。しかも、セットに入れば、この大スタアほど監督者を大切にしてくれる人はなかったのである。

この映画のもっとも重要な場面に弥九郎道場における剣道の場面がある。剣の道が白刃に凝結して、技、神に徹するとでもいおうか、小五郎が真剣の立会いの中に、練兵館弥九郎精神を体得する場面である。


京都には私の遠縁で宮本武蔵研究者として一方の権威であり、剣道、柔道、槍術、居合術など合計すると三十数段をもつ大野龍雄という人がいる。私は剣道の場面にはいつも、この先生に援助を乞うていた。剣風練兵館の場合もその例にもれない。妻三郎丈を真剣をもって指導した大野剣士は、丈の剣の道に徹した技に心から感嘆の声を発していたくらいである。映画俳優阪東妻三郎丈は、単に円熟した演技者であっただけでなく、時代劇映画とは切っても切れぬ密接な関係をもつ剣道も達人の域に達して、それを丈の芸に融合させていたといえよう。いわゆる殺陣ではない、妻三郎丈独特の剣戟の極意は、そこに源を発していたものといえるのではないだろうか。

私は「維新の曲」製作にあたって、四大スタアの顔合わせに苦労がともなったことを前に記した。後で聞くと、「維新の曲」で坂本龍馬の役を引き受ける前に、秘かに土佐に渡り、丈自身、土佐の古老を訪ね、資料をあさり、遺跡をまわり、方言を研究し、写真の蒐集等に努力、役作りに自信を得た後、坂本龍馬役を引き受けたとのこと。なかなか現れなかったのは、土佐へ調査旅行のためであったという。

私があえて阪東妻三郎丈と呼ぶ名優は、このように尊敬すべき存在であった。




「剣風練兵館」

監督: 牛原 虚彦
脚本: 波多 謙治/毛利 喜久男
原作: 菊地 寛/本山 萩舟
音楽: 白木 義信


出演:
阪東妻三郎
荒木忍 津島慶一郎 羅門光三郎 月形龍之介
阿部九州男 葛木香二 南部章三 原聖四郎 水野浩

製作年:1944年/製作国:日本
モノクロ/1時間20分/5巻/2389m/スタンダード/モノラル


http://www.kadokawa-pictures.jp/official/kenpu_renpeikan/



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プロフィール

牛原 陽彦(うしはら はるひこ)

Author:牛原 陽彦(うしはら はるひこ)
◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

父 牛原陽一(うしはら よういち、Youichi USHIHARA)監督が亡くなって33年、祖父 牛原虚彦(うしはら きよひこ、Kiyohiko USHIHARA)監督が亡くなって25年、多くの情報があふれる中、2人について正しく伝える媒体が少ないのが現状です。

私、牛原陽彦が、祖父、父より引き継いだ資料、書物、当時の新聞などをベースに、2人の仕事、活動を正しく記録すべく、当ブログを開きました。膨大な資料から、作品、活動を振り返ります

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