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「大都会 労働篇」(1929年/松竹蒲田)16 m/m版の発見と「NIPPON」

「大都会 労働篇」(1929年/松竹蒲田)

先日、神戸へ行く機会があり、神戸映画資料館の安井喜雄館長にお目にかかることができました。
実は、昨年夏ごろに神戸映画資料館の所蔵フィルムの中から牛原虚彦監督作品「大都会 労働篇」のフィルムが見つかったと聞いていたからです。

安井館長によれば「文化庁の助成金をもらって当方の保管フィルム約15000本 を調査していますが、その調査に参加している羽鳥隆英研究員(現・新潟大学)が最近見つけました」とのことでした。
「大都会 労働篇」は、1929年の松竹蒲田作品。他のほとんどの牛原作品同様「失われたフィルム」のひとつです。
安井館長によれば、「劣化が激しく上映できないポジフィルムです。動く映像としては誰も見ておりません。 題名が出ないので出演者情報から当方の羽鳥隆英研究員が同定しました。全篇 を引き出せないので頭だけを引き出して調べました」。
かつて「海浜の女王」(http://filmpres.org/project/adopt/aaf02/)が“映画の里親プロジェクト”(映画保存協会)のお世話になり、見事に復元されたことを思い出しました。しかし、話しは続きます。

「そのままでは映写機はもちろんのことプリンターにかからないので複製が不可能です。やるとしたら 1コマずつオプチカルプリンターでのコマ撮りです。費用がどのくらいかかるのか調べていませんが、私どもの資金力ではどうにもならない額になると思います。物体としてのフィルムそのものをご覧になりたい場合は神戸映画資料館に置いていますのでお見せはできます」。
覚悟はしていましたが、滅多に出てこない牛原作品は、たとえ出てきても、やはり越えなければいけない山がそびえたつのが常のようです。
いつか「物体としてのフィルムだけでも見ておかねば」と、それから9か月。今回ようやく、ご対面となりました。それが、この写真です。触れればその場で粉のようになってしまうパリパリに乾燥した状態。確かにこのままでは、どうにもなりません。
でも、ともかく「見る」ことができました。

安井館長、ありがとうございました。

さて、では復元にはどれほどの金額が必要なのか・・内容を確認できる状態に戻すまでに40-50万円、映像を本格的に復元する場合、さらに250万円強は掛かるというのがざっくりとしたラボからの見積もり。300万円強は必要とのことでした。
さて、クラウドファンドでも使って・・・とも(安易に)考えたのですが、実はこの「大都会 労働篇」には、ひとつの「なぞ」があります。
この「大都会 労働篇」は1929 年の作品ですが、この映画の一部がオムニバス映画「NIPPON」の製作のため一部抜粋され、使われ、当時パリとベルリンで公開され、それが今でも残っている、というではありませんか。
各方面の専門家の方に、お話しを聞きました。中でも映画保存協会の石原香絵さんからは、多くの情報をいただきました。そして岩本憲児先生からは、この「NIPPON」について記述がある本が出版されるというお話しも聞きました。
「日本映画の海外進出」(森話社/2015年12月/岩本憲児<編>)
日本映画が海外へどのような進出願望を持っていたのか、その歴史的な経緯と個別的な課題に目を向け、再検討する論考、国内外の研究者たちの成果をまとめたもので、このなかでドイツのハロルト・ザーロモン氏が「NIPPON」について、以下のように書かいてます。

(以下引用)
「1932年になると、数年前に輸入された松竹作品のうち3本が選ばれ、改編された。特に文化映画界と関係を持つカール・コッホの主導で行われた改編と共に、元駐日ドイツ大使の娘ラーギ・スルフのナレーション、そして在独の歌手・湯浅初枝の独唱が挿入され、「ニッポン 日本における人間の条件(Nippon:Menschenschicksale in Japan)」という題名の下に、発声映画の三部作として封切られた」
(引用終わり)

ここでいわれる3本とは、小石栄一監督作品「怪盗沙弥磨」(1928年)、星哲六監督作品「篝火」(1928年)そしてこの「大都会 労働篇」です。この3部作改編の少し前の動きとして、松竹は川喜多長政氏とともに映画のヨーロッパへの輸出の道を探り、ついにはベルリン支社を開くまでになっていたという背景がありました。
皮肉なことに牛原虚彦は1930年9月に松竹を退社、その直後にパリへ向かい、1932年いっぱいパリに滞在。はたして、この「NIPPON」をどう見ていたのかは、今や知る術はありません。

さて、この通称「NIPPON」は、では今は、どこにあるのでしょうか。ネットで調べると必ず出てくるハナシとして、シネマテーク・フランセーズが保存しているということ。もうひとつ、「NIPPON」を構成する映画3本のうち1本が、溝口健二監督作品「狂恋の女師匠」だというハナシ(今ではその誤解も解けているようですが)も散見されますが、これは長くなるので割愛します。
この ”神戸版16m/m”は、10数分程度のものです。中に何が写っているのか、今はわかりません。「大発見」なのか、すでに残されている(と言われている)「NIPPON」の一部として使われている映像なのか。
一か八か復元してみるか、もしかしたら未発見映像かもしれないし・・・とはなかなかいきません。お金がありません(笑)。


昨日5月20日は、祖父 牛原虚彦の31回目の命日でした。
これまで、かろうじて全編残っている「若者よなぜ泣くか」、「進軍」については、一昨年までゴールデンウィーク期間中に神保町シアターで開催されていた「松竹の巨匠たち」シリーズなどでスクリーンで観てきましたが、残された映画があまりにも少なく、私にとってはもう「在庫切れ」です。
この「大都会 労働篇」、再びこの映像を観ることができる日がくるのでしょうか? まずはフランスに飛び「NIPPON」を確認することから始めてみようかと考えています。

大都会労働篇神戸BLOG



大都会 労働篇(松竹蒲田/1929)
原作脚色:小田喬 撮影:水谷文二郎
出演:鈴木伝明 藤野秀夫 田中絹代 新井淳 横尾泥海男
(5月18日封切 浅草電気館10巻)
(キネマ旬報ベストテン第9位)
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プロフィール

牛原 陽彦(うしはら はるひこ)

Author:牛原 陽彦(うしはら はるひこ)
◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

父 牛原陽一(うしはら よういち、Youichi USHIHARA)監督が亡くなって33年、祖父 牛原虚彦(うしはら きよひこ、Kiyohiko USHIHARA)監督が亡くなって25年、多くの情報があふれる中、2人について正しく伝える媒体が少ないのが現状です。

私、牛原陽彦が、祖父、父より引き継いだ資料、書物、当時の新聞などをベースに、2人の仕事、活動を正しく記録すべく、当ブログを開きました。膨大な資料から、作品、活動を振り返ります

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